14年近く日本に住んでいるのに、和食を毎日食べているかと聞かれたら、意外とそうでもない。というよりは、広島のグルメシーンを分かっているつもりでも、懐石や割烹など伝統的な和食のお店はあまり知らないし、ほとんど行かない。理由のひとつとしては、やっぱり和食の近寄りがたい高級なイメージ。気軽に入りにくい、一見さんお断り、高級なお値段という様々な高いハードルが妨げになる。その「入りにくい」イメージを避けたいと思った『㐂すけ』が取った意外な策は「デザイン」だった。[英語] 『㐂すけ』を知るきっかけとなったのはショップカードだった。たくさんのショップカードの中にも存在感をはっきりと主張する銀朱色と藍色の伝統的ながらもポップな色合いがすぐ目を引く。手に取るとテクスチャ感のある厚めの紙がまたよし。魚拓や家紋を用いたレトロモダンなロゴデザインがシンプルでありながら力強く、「和」だけれども、どこか「洋」も感じられる繊細なバランスと美意識がぎゅっと1枚に込められている。後になって分かったのですが、お店全体のビジュアルアイデンティティーを手掛けたのは広島在住のフランス人デザイナー ジュディー・コテル(ジュディーDESIGN)だった。やっぱりきちんとプロに依頼したブランディング戦略だからこそ、ここまで効果が出たんだなと実感した。『㐂すけ』のビジュアルアイデンティティーやデザイン制作の流れについてもっと詳しく知りたい方はぜひジュディーさんのHPをご覧ください。 断言はしたくないけれども、軽く断言します―変わった形や見慣れない色使い、紙質などいわゆる「ほかと違う」個性のあるショップカードを作るお店はだいたい大当たり。カードにそこまでこだわるお店は当然、それぐらい、もしくはそれ以上お料理にこだわる。だから私は期待を胸に広島の繁華街、薬研堀へ。お店はレトロなレンガビルの2階にあり、看板もショップカードと同じ銀朱色と藍色。白黒看板が目立つ薬研堀の中ではやっぱり圧倒的な存在感を放つ。 店内には暖かみのある木材や間接照明など暖色を主とした内装が和やかな空間を演出し、カウンター席、畳席、ロフト席など、あらゆるシチュエーションに応用できるお席があり、店作りにも力を入れています。カウンターの裏では東京や大阪、神戸などの有名な懐石料理店で20年以上のキャリアを積んだ料理長、木原慶彦が腕を振るう。そして裏でお店を支えるのはレストランやバーで15以上務めた経歴のある廣澤雅久。初めて来店するお客さんやおひとり様が安心する廣澤の軽快でフレンドリーな接客スタイルはそのキャリアを物語る。 ふたりで切り盛りするお店にもかかわらず、メニューの数が予想以上に多い。1ページ目はその日のおすすめメニューが隅から隅まで木原料理長の手によって丁寧に書かれ、和食の基本となるジャンル(小鉢、造り、焼物、揚物など)に分かれて分かりやすく記載。食材の産地もきちんと記載され、産地や国産の材料へのこだわりも一目で分かる。ローカル食材にも力を入れて、野菜や魚などは当日市場で買い付けして、鮮度の高い旬の食材が存分に楽しめるお店です。お店のインスタグラムでは毎日おすすめ料理メニューから一品を紹介すると共に、調理段階の写真や食材の説明など投稿。おすすめメニューの内容は頻繁に変わるため、インスタで気になるお料理を見つけたら、迷わずにすぐお店に行くこと! グランドメニュー(通年メニュー)には枝豆や出汁巻き玉子など居酒屋の定番メニューが盛りだくさん。しかしここのお料理は居酒屋とひと味違う。枝豆はわさびに味付けされてクセになる一品に。そして出汁巻きには日高昆布と利尻昆布、血合いのない高級鰹節から取った自慢の一番出汁がたっぷりと入り、ひと口食べれば出汁の旨味と香りがじゅわ~と広がり、至福の極み。日本酒や焼酎、サワーなどアルコールメニューも充実。小鉢を肴にしてゆっくりと呑むのもよし、友達でわいわいお酒を交わすのもよし、カジュアルな感覚で本格和食を楽しめるから足を運びたくなる。 これほどのメニュー数をこなす木原料理長は真っ白な調理服を着るストイックな板前のイメージと違い、簡単な黒調理服にロゴ入りの藍色前掛けに身を包み、チャーミングな笑顔でお客さんを迎え入れて、オーダーごとに慣れた手つきで調理する。カウンターに座ると、長年のキャリアで養われた料理人ならではの高度なテクニックが実感できる。小さな厨房スペースをフルに活用し、串焼きの焼き具合を気にしながら、海老や北海道産ゆり根など、茶碗蒸しの材料を準備して、その横にガスレンジでまぐろの表面にわずかな焼き目をサッと入れて、最後の盛り付けに取り掛かる。複数の料理を余裕で同時進行し、仕込みから盛り付けまで手間暇惜しまず木原料理長が手掛けるお料理はどれも精緻で、伝統をしっかりと受け継ぎつつ、現代を生きる「和食」である。 プロの料理人により旬の本格和食に充実のアルコールメニューとなると、さぞかしお高いお店でしょうと思われるかもしれませんが、案外そうでもないのです。正直に言うと、もっと高いお値段を覚悟したが、いつもの居酒屋と大差がない上に遥かにクオリティが高い。デザインよし、クオリティよし、値段よし。これ以上求めることはない。 お肉メインのスペイン風バルがいまだに根強い人気を発揮する中、新鮮な魚や貝類を豊富に扱う『㐂すけ』は貴重でありがたい存在。本格和食の敷居高いイメージを変え、より気軽に和の味と伝統を愉しめるお店として、入れ替るフードトレンドやインスタ映えが話題となる現代に立ち向かって、忘れてはならない日本の伝統をこれからも伝えていく。 㐂すけ(きすけ) 住所: 広島市中区薬研堀2-17ロータリービル 2F Tel: 082-242-3050 営業時間: 17時〜0時 定休日: 日曜日
Continue Reading鯉城通りの広電本通り駅から歩いてすぐの角に位置する、 京小町のような外観と和モダンな雰囲気を醸し出す「和バル扉」。
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